« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »

2005.08.31

やってくれるぜ暴君ハバネロ!

抽選で一名をハズレとする
暴君ハバネロ(暴君フェスタ05

すげぇ!全員プレゼントのはずなのに一名だけがはずれという逆転の発想!
僕は、生まれて初めて!抽選に応募しておきながら、ハズレを祈る!!

・・・って、その前に。。ハバネロ辛くて食べられないんすよ、、、どうしよう。。
バーコードがGETできないという体たらく!
中身食べずに捨てるなんて、外道なまねはしたくないし!
ストラップとTシャツ欲しいし!
ぬっはー、悩む!

ほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしいほしい!!
habanero

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005.08.30

いっぽんでもニンジン

いっぽんでもニンジン

ラジオを聴いていたら、懐かしい曲が流れてきました。
「およげたいやきくん」
あー、なつかしいなぁと思って聞いていたら、ふと「いっぽんでもニンジン」が頭の中をグールグル・・・。
エンドレスリピート状態が続いています。


いっぽんでもニンジン
にそくでもサンダル
さんそうでもヨット
よつぶでもごましお
ご・・・・・あれっ!?

そう。5だけがすっぽり記憶から抜け落ちていて、出てこないのです。
5ってことは、6に関するものだよなぁ、ということは推測できるのですが、どうしても出てこない。
挙句の果てに、数え歌と混同したのか「むかご」という単語が脳から離れなくて、仕方ありませんでした。
んで、仕方ないので「ごつぶでもむーかご」と、無理やりつなげていましたが違和感バリバリ。
むかで?むかご?ムーミン!?

---

えっ?答え?
教えるわけ無いじゃないですか。

みんなも苦しめばいー!!(性悪

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2005.08.29

世界にひとつだけの

花屋の店先に並んでる時点で、ある程度選ばれた花なんだよ!!!!!!
某巨大掲示板より(ワラタ2ッキ経由)

返す言葉もございません...orz

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.26

栄養ドリンク

栄養ドリンクを買ってみたのですが
いざという時の為に・・・と
いつまでも飲むことが出来ません。

ゆみぞう(絵日記でも書いてみようか 08/25


机の中に入れていたユンケルローヤルC。
いつか・・・いつか疲労困憊になったときに飲もうと買っておいた、とっておきのドリンク剤。
めちゃ高かったドリンク剤。

いつから机の中に入れておいたかわすれていたけど、机をあけるたびにそこにあって。
まだ大丈夫、まだいける、と思ってきた。

ゆみぞうさんの記事を読んで、ふと気がついた。
「・・・!賞味期限!?」

yunkel

思いっきり切れてました。

2004.4 て・・。一年以上切れてるじゃん。
飲む気はうせましたが、そこはそれ。
あいかわらず机の中に入れたままにしてあります。

見るたびに湧き上がる「まだ大丈夫、まだ飲まずにいける」というエネルギー。
栄養ドリンクには、そんな効果もあると思うのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.22

ビデオ録画

おばあちゃん
ビデオ録画中声出しても大丈夫だよ
一緒に録音なんてされないからね
嘘教えてごめんなさい

某巨大掲示板(経由)


幼稚園のころ、テレビ番組を録画するためには、テレビの前に三脚立ててビデオカメラを置いて録画するんだとばかり思っていました。
だから、声を出しちゃうと録画できないんだ、ドリフを録画したかったら笑っちゃいけないんだ、って思っていました。
なので、「ビデオデッキ」ってものが我が家に来たときはものすごい衝撃だったなぁ。
魔法でも見ている感じだった。
ああ、これでテレビ番組を録画しながら笑ったり喋ったり出来る、って思った気がします。

・・・もしかして、親から嘘を教わってそう思い込んでいたのかも!?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.20

前向きに、幸せに

幸福であろうと思えば、「こうでさえあったらなあ」という言葉をやめて、その代わり、「今度こそは」という言葉に変えなさい。
スマイリー・ブラントン

「君は周りに多くのものを求めすぎだ」と言われました。
人を変えようと思っても、それは労力の割りに報われないと。
それはまさしく「こうでさえあったなら」と都合のいい環境を夢想しているに過ぎないんだと、頭ではわかっているつもりなのですが、これがまた、なかなか。。。

どうすればその「不遇」な環境を克服できるのか。
答えはまだ出ていませんが、「こうでさえあったなら」と思って苦しんでいる自分を見つけるところから始まるんだな、とこの言葉に教えられました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.18

笑うから幸福

幸福だから笑うわけではない。むしろ、笑うから幸福なのだと言いたい。

アラン

ここのところ仕事がらみで気分的に追い込まれていて、ものすごく思いつめた顔をしていたと思うのですが。
彼女と電話していたら笑っている自分がいました。
職場の状況は何も変わっていないのに、そこらへんのことをすっかり忘れてリラックスして笑っている自分がいて、ああ、これを幸福っていうんだな、と思ったのです。

いつか使おうと思ってとっておいた名言ですが。
いわゆるひとつのジャストフィット。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.15

幸福になりたいのだったら

幸福になりたいのだったら、人を喜ばすことを勉強したまえ。
M・プリオール

人の喜ぶ顔を見ると、自分も幸せな気持ちになれる。
そんな当たり前のことを忘れてしまいがちな今日この頃。

みんながみんなそんな考えでいれば、この世はもうちょっと住みやすくなるのにな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.12

○病息災

一病息災

無病息災という言葉がありますが、これはその変形バージョン。
一つくらい病気を持っていたほうが、却って健康に気を使うようになるので息災にすごすことができますよ、というもの。

確かに考えるに、いわゆる「持病」というものを持っていると、健康について考えさせられるし、気を使うようになると思う。
僕の場合はアトピーと過敏性大腸があるのだが、この病気を克服したい!と思ってやっていることが、結果的にトータルな健康を生み出すことになっていたりするわけで。

病気にはならないが一番。
でも、不幸にも永く付き合わなければいけない病気にかかってしまったなら、「一病息災」という言葉を胸に、付き合っていかないといけないんだなぁ、と思ったのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.06

誰が産んでくれって頼んだよ!

俺も厨房時代に「誰が産んでくれって頼んだよ!!」って言っちゃって
あとで妹に呼び出されて「必死こいて卵子まで泳いだのはアンタでしょ」って説教された

某巨大掲示板(経由)

日本全国の、反抗期の子供を持つ親御さんたちに教えてあげたい名言ですな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.05

自分で選ぶ・選ばせる

他人には意見を求めるべきであって、 選択肢まで委ねちゃいけないよ。
時間をかけていいから自分で選んでみなよ。

高尾滋 『人形芝居』(裏ッチック経由)


昔、人に相談をするということは選択肢を委ねることだと勘違いしていた時期がありまして。
それはそれは周りの人たちに迷惑をかけたことがあります。
挙句の果てに「自分で物事を考える」ということを放棄して、人に依存しまくって、結果として距離を置かれるという始末。

あの時は多分、こう考えていたはずです。
「自分で考えた30点の答えより、誰かがくれる60点の答えのほうが、無難に生きていけるはずだ」と。

僕が今、占いや新興宗教にはまらずにすんでいるのは、そのときの体験からだと思っています。
自分で考えることを放棄した人間にはろくな結果が待っていないことを、まだ取り返しがつく段階で痛い思いをすることで体得したから。
自分で考えて、自分で決断して、そして少しずつ成長していくしか解決する方法はないと、気がつくことが出来たのは収穫だったと思っています。

人に意見をするときもしかり。
答えを与えるんじゃなくて、意見にとどめることが結果的に相手のためになると思って、ぐっとこらえないといけないんだろうな、とも思うのです。
これは難しい。ついつい答えらしきものを言いたくなってしまう。

自分で選ぶ/選ばせるというのは、何気に難しいことなんだな、と思った名言でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.02

おとなのぎもん

知りたいなっ♪
知りたいなっ♪
なんだかとっても知りたいなっ♪

・・・結婚相談所で知り合って結婚したカップルの離婚率

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.08.01

いじめ2

いじめをやめなさい、と言えばいじめがなくなりますか?
いじめ甲斐がなくなれば、いじめはなくなるのです。

女王の教室

違う、それは違うぞ、阿久津先生。
正論かもしれないけど、本質を捉えてない。
極論を言ってしまえば、いじめはいじめるほうが100%悪い。
そして、いじめられるほうに精神力や成長を求めることの方が酷ってものです。
ドラマは小学校が舞台だけど、子供社会ならなおさら。だってみんな子供なんだから。一人だけ強くなれ、はねのけろというものを求めるほうが酷だと思います。

大人社会のいじめは、これもまたたちが悪くて。
いじめを受けている側が”大人”(精神的に自立していて、タフである)であったとしても、いやなものはいやだし、きついものはきついんです。
そして、そう簡単にはなくならない。

はっきりいって、いじめを精神論だけで片付けようとするなんてぇのは、いじめられたことのない奴の幻想です。
教師や両親、保険の先生でもいい。だれか理解、、、理解が無理ならせめて「100%味方になって話を聞いてあげる」というケアから、いじめへの対処は始まるんじゃないかと思うのです。
そして、いじめられている子のタフさはそこから生まれていき、そして成長もしていくんではないか、と。

ただ、暖かいんだか冷たいんだかわからない視線で見守っているだけで勝手に”まっすぐ”成長できるほど子供は強くないし、純粋でもないと、僕はそう思うのです。

ちょーっとアクが強いな、このドラマ・・・。
少なくとも、いじめの本質を理解している人がスタッフ内にいるとは思えないし。。。なめんなよ!って感じ。。
せめて最後はきれいにまとめてくれればいいのですが。

---

関連記事
いじめ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2005年7月 | トップページ | 2005年9月 »