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2005.01.30

追うものと追われる者

若いってのはうらやましい。
いつでも追う者でいられることのなんとすばらしいことか。

出典失念

ただがむしゃらに「上」だけを見て向かっていけばそれでよかったあのころ。
金八先生とかみていて、刹那的に描かれている最近の子供像を見るに、なんだか急にこの言葉がおもいだされてしまったのです。
追われることのない気楽さを逆手にとって、刹那的に「今」を貪っている。
それってよくないなー、と。

追う相手が少なくなり、追われる身になる、って感覚がまだいまいちつかめてはいないのですが、居心地悪いだろうなーということはうすうすわかります。
まだまだずっと、追う身でありたいのに。

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2005.01.25

空を飛ぶ夢

何の根拠も無く浮いているわけだから、突然何の根拠も無く落ちても不思議では無い
言戯(2004.7.3


ああっ・・・わかるっ!!
空を飛ぶこと。確かにそれは夢なのです。
僕の夢。

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2005.01.18

ひとこと:ゴーログの今後についての考察

君主制は独裁制になりやすい。
貴族制は寡頭制になりやすい。
民主制は衆愚制になりやすい。

ポリビウス(歴史家)

ご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが、「政体循環論」というものです。
君主制⇒独裁制⇒貴族制⇒寡頭制⇒民主制⇒衆愚制⇒君主制⇒・・・(太字は腐敗形態を示す)と政体は循環していく、という理論です。
人はともすれば「楽なほう」「おいしいほう」に流れてしまいがちです。
史実を知り、自分を戒めるのもたまには必要かな、と思っています。

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ところで最近ちょっぴり話題になっている、「週刊!木村剛」の検事とか弁護士とか、ネガティブバトルとかポジティブコミニュケーションとか、トラックバックを消すとか消さないとかの話題です。
シンプルにまとめてみたいと思いますが案の定長くなりましたので、お付き合いいただける方のみ、どうぞ☆
今日は画像満載だぞ!

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減災ということば

防災から減災へ
初出不明

防ぐことは大切。
でも、被害を最小限にすることがもっと大切、という視点。
1か0か(防げたか、防げなかったか)ではなくて、どれだけ被害を0に近づけられたか、という視点は今まであるようでなかったのではないかと思う。
僕も今日、そんな言葉をはじめて知った。

被害を0に近づける、ということはつまり、少なからずとも被害を被る可能性がある、ということになる。
大義名分的には「被害を0にする」というほうが聞こえがいい。
でも、現実には災害が起これば少なからずともの被害が出るのは事実であり、史実である。
そこに目をつけ始めたというのは、ある意味「目が覚めた」ことでもあり、現実が見えてきたということなのではないだろうか。

ゼロにはできない。
だから、「ゼロにするために努力するんだ!」という防災のベクトルと、「少しでも被害を減らすんだ!」という減災のベクトル。
新たなベクトルが加わったことで、少しは安心できる世の中になる・・・のかもしれない。

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2005.01.13

木村さんがラジオをやるなら、賛成です!

さて。
ラジオ化の件。
結論から言うと、(去年のノリの「週刊!木村剛」がラジオになるのであれば)大賛成です!
実は、色々と靄々と悶々と考えてることはございますが、ラジオを「やる」ことに対して異論はございません!

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2005.01.09

自分を責めない生き方

どうして、自分を責めるのですか?
他人がちゃんと必要な時に責めてくれるんだから、いいじゃないですか。

アインシュタイン(人生、苦しい時に勇気付けられたいい言葉 11 >>59)

先週書いた記事で「どうにもならないことは、忘れることが幸福だ」という名言を紹介しましたが、今日は自分を責めるのは損だ、という名言です。
いわれてみればそのとおりで、特に僕は自分を責めることが多く、後悔することがおおいタチなので、なんだかとっても救われたような、痛いところを突かれたような、複雑な気分です。

今年は、もうちょっと肩の力を抜いて、楽に日々を過ごせるといいな、ってそんな生ぬるいことを考えている今日この頃。

・・・やっぱ、生ぬるいよなぁ・・・。
ま、いっか。(^^;

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2005.01.08

春の七草

せりなずな
ごぎょうはこべら
ほとけのざ
すずなすずしろ
はるのななくさ

昨日は七草粥の日でしたね。
なぜだかよくわからないのですが、前日からウキウキしてて。
「明日はおかゆだ。七草粥だ!」って、なんだか妙に楽しみだったのです。

で、朝。
早速食べたのですよ。七草粥。
母特性のおかゆは、スーパーで買った七草セットに加え、大量の鰹節でだしをとって葛でとろみをつけた葛餡付。
ぺろりと平らげて思うこと。
朝飯を作ってもらえるというのは本当にありがたいことだな、と、そう思ったわけです。
かあちゃん、ありがとう。

なんとなく今年は、年末年始がせわしなく、のんびりできないまま気がつけば正月が終わっていました。
なーんか年末年始らしくないなぁ、とボヘーーーーーっと思ってたら、もう1月も7日。
七草粥を食べて、「あぁ、正月気分を満喫できないまま、七草粥を食べてしまった」と、ちともったいない気分に。

かゆすすり
正月の終わり
おもいしる
江崎


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2005.01.06

君はいい子だね

人からいい人だなって思われると、悪いことできなくなっちゃう
長雲寺のお坊さん

お坊さんが、子供たちにこう言っていました。

お年玉をもらったら、手を合わせて頭を下げて、ありがとう、ってお礼を言うんだよ。
そうするとね、「あ、この子はいい子だな」って思われるでしょ。
人からね、「この人はいい人だな、いい子だな」って思われるようになると、悪いことができなくなっちゃう。
そうすると、本当にいい人になれるんだよ。
だから、お礼はきちんと言おうね。

その言葉を聴いて、子供たちよりも深く納得し、思わず「なるほど」と、うなってしまいました。
身なりを整えること、立ち居振る舞いを正すこと、言動を折り目正しくすること。
「人の目」を気にしすぎて動けなくなるのは良くないけれども、人にいい印象を与えることは回りまわって自分に返ってくるんだな、と思ったのです。

僕の今年の目標であるところの「笑顔」には、実はそんな「因果」も含まれてるんだな、と気づかされました。

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むずかしいことをやさしく
やさしいことをふかく
ふかいことをおもしろく

そのお坊さんは、見事にやって見せてくださいました。
新年早々、貴重な経験ができたな、と思わず笑顔になったのです。

いつか自分に子供ができたら。
この話をしよう、とおもったのでメモをかねて。

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2005.01.03

健康第一

幸福はまず何より健康のなかにある。
G・W・カーチス

・・・だそうですよ、奥さん!
なによりもまず、健康を維持すること。そこからなんですね、きっと。

去年は年末に風邪をこじらせてしまって、結局1ヶ月のほとんどをヘロヘロな状態ですごしてました。
当然、道場にもいけず・・・情けない!お父さんはそんな子に育てた覚えはありませんよ!!

体、鍛えます。
健康、維持します。
そんな決意を新たにしたお正月。

・・・来週からで、いいでしょ? orz

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2005.01.02

忘れること、流すこと

どうにもならないことは、忘れることが幸福だ。
ドイツの諺

僕はどうも、くだらないことをくよくよ思い悩んでしまう癖があります。
しかし、それは疲れる。本当に疲れる。
特に、思い悩んでも仕方ないことにくよくよしても何もならない、といまさらながらに思うのです。

幸せになりたいと思うなら、「流す」ことを覚えないとな、と思ったわけで。
あまり馬鹿正直に、全ての出来事を真正面から受け止めるのはやめにしたいな、と思う今日この頃。
そんなことを心に留めて1年を過ごしていこうとおもったのです。

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2005.01.01

しあわせになりたい

人間の幸福は、決して神や仏が握っているものではない。
自分自身の中にそれを左右するカギがある。

エマーソン

申年の年は天変地異が相次ぐと言われていますが、まさにそのとおりの年でしたね。
いやなニュースが多い年でした。

今年は皆さんが笑顔で健康で、そして幸せに過ごせる1年であるといいなと思ってこの名言を選んでみました。
僕や皆さんにとって、よりよい1年でありますように!

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