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2004.04.15

★「本当の自分」という幻想2 補足

良薬口に苦し 忠言耳に難し

昨日の更新(「本当の自分」という幻想2)で、私はこう書きました。

・現在の自分をありのままに理解し、受け入れること。
・自己を分析し、他者とのコミュニケーションをとってく中で”明るい窓(=A)”の範囲を広げ、自己・他者の理解を得ること こそがその幻想から逃れる手段(=折り合いをつけること)なのだと、そう思うにいたったわけです。

しかし、もう一点重要なことがあったのを見落としていました。

もう一点重要なこと。
それは図でいうところのB、「他人がわかっていて自分がわかっていない部分」を謙虚に受け止めること。
これって実はとても難しいことだな、とJackさんから頂いたコメントを見て思ったのです。

でも、これってとても大切なこと。
他人からの理解を得よう得ようとするだけでなく、自分で見えていない部分を謙虚にうけとめるというベクトル。
これがないと、自分を理解することって難しいですよね。

本当の自分を見つけるために。
自分と向き合うことももちろん大事ですが、一方で他社から見た自分というものにも焦点を当て、そこに映し出された自分を謙虚に受け止めることも必要なんだな、と改めて思いました。
自己で完結しない自己理解のプロセス。

人間ってほんと、複雑な生き物ですね(--;

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コメント

『・現在の自分をありのままに理解し、受け入れること。
・他者とのコミュニケーションをとってく中で”明るい窓(=A)”の範囲を広げ、自己・他者の理解を得ること』
私はこの2点の中に、
『「他人がわかっていて自分がわかっていない部分」を謙虚に受け止めること。』
も含まれていると感じて読ませていただいていました。

『・現在の自分をありのままに理解し、受け入れること。』
という言葉には、「自分から見た自分」「他人から見た自分」「自分の知らなかった自分を発見した場合の、新たな自分」(自分自身で気づいた場合、他人から知らされた場合の両方を含むとして)を全て、自分のいいようにも悪いようにも解釈せず、客観的に見据え「私はこういう人間なのだな」と、まずは認識し、もしそこに自分にとって不都合な部分があっても、逃げないで受け入れていくこと、という意味を感じました。
本当は「他人から自分の認めたくないイタイ部分(または自分の知らなかったイヤな部分)を指摘されても、目をそらさず受け入れていく」ということが最も重要なのかもしれませんね。もちろん、とても大切なことだと思います。
でもこの言葉は、「他人は、自分では発見できなかったいい部分を見つけ出してくれるかもしれない」という、もう一歩前向きな捉え方をも含んでいると思えるのです。自分が欠点として捉えている部分も「あいつはそういうところがいいんだ」と、思われているかもしれない。他人から来るのは、苦言だけではないかもしれません。
そこが、「他人の苦言に耳を傾ける」というだけの言葉にならず、『他者とのコミュニケーションをとってく中で”明るい窓(=A)”の範囲を広げ』ていく、という表現になったのかなぁという気がしたのですが…。
(ただどちらにしろ、自分を客観的に見つめ、ありのまま受け入れていくということ自体、大変難しいことだと思います。だけど少しずつでも向上していくために、努力を惜しまないようにしていけたらよいなぁ、と。)

うまく表現できない上に勝手な解釈で、お気を悪くされたらすみません。しかも長文で…ごめんなさい(^^;)

投稿: ロリポップ | 2004.04.15 22:49

>ロリポップ様
むぅ。自分で書いた文章について、人から言われて気づくのも情けない話ですが、確かにそう取れなくもないですね。『他者とのコミュニケーション』って、確かに「自己で完結しない自己理解のプロセス」ですよね。
ご指摘ありがとうございます。

ところで、今回補足を書いた大きな理由は、「Bの部分への言及不足」を感じたからです。
『他者とのコミュニケーションをとってく中で”明るい窓(=A)”の範囲を広げ』という表現だけでは弱いな、と自分で思ってしまったが最後、どうしても気になってしまって。

他者づてに認識させられてしまった良い面悪い面。
いずれにおいても「自己の客観的な認識と、認識した自己の受容(=Bの開放)」はなかなかに難しいことだと思っています。
ときに「自己の表現と伝達(=Cの開放」)よりも。
え?それがオレなの?っていう違和感を飲み込むのってやっぱり辛いですよね。

僕がこうやって文章を書きとめ、そしてコメントや指摘をいただくこと、これも一種の自己認知の過程であり、成長のきっかけなんでしょうね。
文章を推敲し、コメントやTBをいただく一連の過程はとてもいい刺激になりました。
これからもよろしくお願いいたします!
コメント書くのに気兼ねなんかしないでくださいね(^^)

投稿: 江崎 彰 | 2004.04.16 20:55

私の方こそいつもとても勉強になっています(^^)
というか、指摘をするつもりで書いていたはずではなかったのですが、一日経って読み返してみると…ホントだ!えらっそうなきついニュアンスになっているかも…。
ううむ、ごめんなさい。自分が思ったことを、伝えたいように書くこともできないで…(「Cの開放」の難しさを実感・汗)。

江崎さんの思いは、とても伝わってきています。
ええと、うまく書けずもどかしいですが、江崎さんの考えに対し、間違っているとか思っているわけではないんですよ(^.^;)私が勝手にそう解釈したということであって…。
ちょっと言葉足らずでしたね。ごめんなさい。(今も足りてる気がしてないですが…うう、すみません。)

でも江崎さんのおっしゃるとおり、こういうやりとりそのものが今回のテーマにリンクしていますよね。
とても貴重な経験をさせてもらっていると、幸せに思います。
いかに自分が表現下手かということも再認識できました(あうっ)。まさに「Bの開放」を実感(^_^;)本当にもっともっと頑張らねば!

それでは、お言葉に甘えて、これからもまたお邪魔させていただきますね。
こちらこそ、よろしくお願いします!


投稿: ロリポップ | 2004.04.16 23:35

自分でこういうサイトを開いておいて言うのもなんですが、人に思いを伝えるのって本当に難しいですよね。
今回のように反応がもらえると、それを元に考えを再構成して補足・発展させることが出来ますが、往々にして反応ってこないので、大体が一方通行で終わってしまう。
意図と違うとらえられかたしてしまっても、フォローしようがないというのは怖いなぁといつもながらに思います。

なので、ロリポップさんの「僕の記事に対する解釈」が聞けたことというのは大変にうれしく思ってますし、ロリポップさんのコメントに対して付けたコメントに対するフォローがいただけたこともありがたいなぁと思っています♪
(それに、僕の考えが否定されたとは露とも思っていませんよ☆)

考えをまとめ、文章にするということは本当に難しいこと(僕もいまだに試行錯誤ですし、このサイトは自分の考え方を伝えるための練習的な要素もたぶんに含んでいます(^^;)なので、表現が下手なことを気にするのではなくて、表現することに慣れることが肝要なんじゃないかな、と思います。
僕のサイトが、ほんのちょっとでもそのお手伝いになっているのであれば幸いです♪

投稿: 江崎 彰 | 2004.04.19 11:51

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» ジョハリの窓 [Jack's Lament]
江崎さんのblog「ひとこと」の中で 以下のような記事を書いていらっしゃいました [続きを読む]

受信: 2004.04.15 16:44

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