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2004.01.20

★いじめ

髪や目の色が違うからいじめの対象になってる?
勘違いするんじゃねえ!いじめられる奴だから毛色の違いをネタにされるんだ!

-伊藤誠 『兎』-

仲間はずれにする、いじめの対象にするってことだけは最初から決まっていて、後付で仲間に入れない理由、いじめる理由が付いてくる。

いじめられている子供に「あなたにも原因があるでしょ」って叱るのはこれ以上無い残酷なことだと僕は思うな。
だって、原因なんて無いんだから。
いじめって元より、理不尽なものだから。

いじめるかいじめないか、それを決定する人や雰囲気がそこにあって、そこに対象がいて、そこから全てが始まって、そして理由が付いてくるものだから。
そこにはなんら肯定的な意味はなく、人生において糧に出来るなにかもなく、ただただ報われることの無い苦痛と屈辱が転がっているだけ。

それがわからないなら、せめて奇麗事すら言わないでもらいたい。

そんな言葉がいえなかったから僕は、14年間苦しみ続けた。
幼稚園から始まって、高校2年まで。


何が変わったからいじめがやんだのか。

簡単な話。


対象が変わった、ってだけだった。

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コメント

今の世の中、何か、善良な人とかおとなしい人が損をしたりつらい思いをするような気がします。
特に学校では、先生が自分の身を守ることに精一杯で、正義とか大事にしなくなってきているように思います。人間は力をもつと豹変して、神につかえるシスターでさえ、人を脅したりするのをみました。自分が神のようにえらいと思ってしまうのでしょうね。

投稿: ひなげし | 2005.03.25 18:12

いじめられている事、先生に言って、先生は怒ったって言ってた。2回も怒ったらしい。けど、先生はあてにならない。いくら先生が怒ってもみんな、いじめはやめない。逆に心配をかけるだけだ。だったら言わないほうがいい。うそでも笑って、誤魔化して、先生に負担をかけないように。自分のせいで、他人が心配したり、頑張ったり、意味も無いのにしないでほしい。私みたいな「いじめられっこ」に・・・。

投稿: 園田 | 2005.04.15 22:42

>ひなげし様
正直者が馬鹿を見る世の中であってほしくないと、心からおもいます。
でも、馬鹿を見るのは正直者ばかりなのも事実。
人間って弱いんだなぁ、とおもう今日この頃。
コメント、ありがとうございました。

>園田様
先生はあてにならないですよね。
先生、というか大人、というか。
でも。こんな世の中だからこそ、つらい思いを経験して、それでも曲がらずにひねくれずに乗り越えて強くなれた人こそ、本当に優しい、芯のある大人になれるんじゃないかとおもうのです。

人の痛みがわかる人。これこそが今の世の中に足りない人物であり、これからの世の中に必要な人間だとおもう今日この頃。
でも理不尽ないじめは本当につらいですよね。。
ああ、なんと声をかけてよいやら・・・。
江崎は応援してます!
是非また遊びに来てくださいね。

投稿: 江崎 彰 | 2005.04.19 00:24

金魚鉢の中に、傷ついて弱っている金魚が一匹混じっていると、他の金魚たちがその金魚に体当たり攻撃を始めます。ついには、その金魚は完全に弱って、逆立ちになって浮かんで、死を待つばかりになります。人間世界のいじめって、色々と、いじめる側は理由をつけますが、結局は、この動物の世界と同じようなものなんだ、と思います。過去にいじめる側にいた人に、何故いじめを行ったか、という理由を聞くと「変だったから」「変わっていたから」「おかしかったから」と言います。他人は他人、自分は自分であって、他人がどのように見えようとも、いじめるべき理由とはならないはずです。違っていようとも、放っておけば良いのではないでしょうか?外国人が一人転入してきて、言葉・目や髪の色、習慣が違っていたら、違うゆえにいじめるのですか?そのような事では、国際問題になりますよ。それに、「あなたにもいじめられる原因がある。」と主張するのは、仲間だけではなく、教師も同じ事を言う事があるのです。悪いから制裁されるのではなく、実際はストレスのはけ口やサンドバッグ代わりに、弱そうな人を犠牲にしているに過ぎません。はっきり言えば、大人であれば、「人権侵害の罪」、「誹謗中傷の罪」、「暴行行為の罪」に当たるものです。「赤信号、皆で渡れば怖くない」「多くの人がいじめる側に係っても、多数決原理の民主主義の名の下に、そのいじめ行為も正義の仮面をかぶる」「多くの人がいじめる側に廻ると、いじめる側の人間一人当たりの罪意識が薄まる」「未成年の悪行為は罪に問われない」などの許しがたい論理に沿って、いじめは繰り返されているのだと思います。

投稿: 長澤 秀治 | 2005.05.09 09:34

わたしかなり感動しました。
すいません。私は少しいじめを簡単なモノだとおもってました。
でも、このホームページをみて凄く意見がかわりました。そして、やっとわかりました。
いじめは「してはいけないモノ」「たのしんではいけないモノ」だということが

投稿: 松ちゃん | 2005.08.29 13:33

長澤様、松ちゃん様、コメントありがとうございます。
いじめというのは本当に根が深く難しい問題だと思うのですが、これからもメッセージを発し続けて行きたいと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: 江崎 彰 | 2005.09.04 21:02

私はクラスの人に避けられているみたいなのです。そして最近考え事をしていて気が付くと「死にたいな」とか考えている自分がいます。この前は、クラスの人が、鏡に太陽の光を反射させてそれを私に当ててきました。私も人間ですから、辛い、苦しい、悲しい、いろんな感情があります。私は高校生なので、やめようと思えば学校をやめることが出来ます。でもそんなことをしても、みんなが喜ぶだけ。じゃあどうすればいいかと悩んでいる、私らしくない自分がいました。でも最近は、「私らしいって何?」と悩んでいる自分が。もう自分という人間がわからない。

投稿: 花音 | 2005.10.10 20:12

死にたいな、って思っちゃいますよね。楽になるだろうな、開放されるだろうな、と。
「死ぬ気でがんばれ」なんて寝言を言ってくる人がいますが、それはほんとにピントが外れてると思うのです。
死ぬ苦痛は一瞬。生きて苦しむ時間は生きている限り続くのですから。

でも、最近、こう思うのです。
幾多の偶然を乗り越えて、生まれ出でて、そして生きてる今。
生きてることが「もうけもの」なんだから、そこに楽しさや喜びを見出さなきゃ損だ!って。

一杯のお茶が、朝ごはんの目玉焼きが、コンビニのプリンが美味しかった、あー幸せだな、って。
幸せは感じたもの勝ちなんだから、感じちゃえばいいと思うのです。

自分がいる空間が100%苦痛で占められていて、でも逃げることのできる場所であるなら、そうなったら、そのときは逃げればいい。
でも、少しでも楽しみや喜びがあるのなら、それを糧にがんばってみるもいい。高校辞めて大検とって大学入ってもいい。職人の道を進んでもいい。
選択肢はたくさんありますよね。でも、苦痛の当事者にはそれが見えない。だからなおさら苦しむわけで。

自分らしさなんてものは、30近くなればなんとなく見えてくると思いますよ。
矛盾を内包しているのが、ヒトである証です。

是非また、遊びに来てくださいねー。
コメントも待ってます。

投稿: 江崎 彰 | 2005.10.15 11:08

 江崎さんのいじめに対する気持ちを否定する気はありませんが・・・友人にいじめのような感じになっている人がいますが、その人がそうなった原因はありました。文化祭の実行委員になったときに自分の仕事をしっかりやらない、他人のせいにする、挙句の果てに、一緒にやっていた友人に暴言を吐いて「殺すぞ」などとも言っていました。
 自分から見た感じ、暴言を吐かれた友人の方が理不尽で可哀想だったし、もしその友人に暴力をふるったらその人を殴り倒そうとするくらいに殺気立たせるものがありました。まあ、話しかけられればいちおう話すしたりはします。
 いじめというか、クラス自体がその人から離れた・・・という表現になるのではないかと思います。いじめにはもちろん理不尽なものもありますが、それだけではありません。いじめ自体は悪いことですが、原因はあります。自分が言いたかったのはそれだけ・・・です。
 

投稿: ALEX | 2005.11.24 23:24

はじめまして。中国のものです。いじめ問題に関する卒論を書くのでネットで資料を集めていますが、検索でここを発見しました。
江崎さんの意見に100%賛成します。いじめられた上で、「あなたにも原因がある」なんていわれると、本人があんまりにもかわいそうです。いじめられる原因は被害者にあると主張してる人間の気がわかりません。また、被害者に対して「がんばれ~」って、励ます人がいますが、それも一種の偽善だと思います。本当に被害者の立場から考えるなら、そのような立派なことが言えないのではないかと思います。
とにかく、江崎さんを応援します!☆

投稿: 敬子 | 2005.12.14 20:10

生きているのが辛い、死にたいと思う時は誰だって一度はあると思います。私も少し思っていますから。
「自分が死んでも誰も悲しまない」「生まれた意味なんかない」というのも違うと思います。人は誰でも、使命を持って生まれてきて、それを果たすために生きるのではないかと私は思います。その使命も、誰かを守るため、喜ばせるため、色々あるのだと思います。そして、使命を果たしたら、人は死んでいくのだと思います。
「誰も悲しまない」というのも自分が気付いていないだけで、きっとだれかがその人のことを思ってくれていると思うのです。
上手く表せませんが、たとえ今が辛くても、いつか、おばあさんやおじいさんになったら、辛いことも、悲しいことも笑える日がくると思うのです。その日のために、人は生きていると思うのです。
なんて、ほとんど受け売りですけどね。

投稿: 花音 | 2006.03.01 20:05

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いじめっていう言葉を忘れてました。大人になって身近ではなくなった?テレビが取り上げてないんじゃない?…ほんとにそうなんだろうか?そしてほんとに忘れてたんだろうか... [続きを読む]

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